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| 日本人8人目の大リーガーとなった木田優夫。小学生の頃から将来はプロ野球選手になることを目標とし、中学2年生のとき野球選手として台湾に遠征した。その異国での体験が強烈な印象として残り、木田の中に「いろんな国で野球をやってみたい、いろんな人と知り合いたい」という気持ちが芽生えたという。山梨の日大明誠高校に進学。甲子園には出場できなかったにも関わらず、その卒業時に読売ジャイアンツからドラフト1位指名を受け、1986年、プロ入りを果たす。同球団で約11年に及ぶ活躍の後、1998年にオリックス・ブルーウェーブに移籍。その年のオフ・シーズンにフリーエージェントとなり、メジャー十数球団よりオファーを受けた。その差し出された多くの手の中で木田が握手を交わしたのが、ミシガン州デトロイトに本拠を置くアメリカン・リーグの「デトロイト・タイガース」である。その理由は「掲示した条件全てに同意してくれたから」。木田は言う。「大リーガーになること自体が夢だったわけではない。より高いレベルで、現実として、マウンドからボールを投げられるということが自分の夢なんです。それにいつでもワクワクして野球をやりたい。」 |
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| 大きいのは188cmの身長ばかりではない。人間としての大きさも木田の魅力である。明石家さんまを師匠と仰ぐその天性のユーモアは、入団記者会見の羽織袴パフォーマンスでアメリカデビューを果たしている。元ヤクルトのパリッシュ監督率いるチームの仲間たちとも、珍妙な日本語レッスンとその人柄ですっかり打ち解け、和気あいあいとしているとのこと。一方、巨人時代から「三振一個に5000円」と決めて障害者スポーツ基金に寄付を続けており、もちろんアメリカに身を置く現在でもそれは継続している。また、「KIDA'S KIDS」シートとして、毎土曜日のタイガースの試合50席を、子供たちのために用意している。まさに「気はやさしくて力持ち」なのだ。 |
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DAKY 僕のサムライ野球 木田優夫+栗山英樹共著 |
| 巨人、オリックスを経て、大リーガーとなった木田優夫の自伝。数々の挫折をくぐり抜け、それでも自分の夢を追いつづける木田優夫投手。そんな彼のサムライ魂に満ちた野球遍歴とアメリカ大リーグでの経験を綴る。スポーツジャーナリストとして活躍中の元ヤクルト選手・栗山英樹氏との対談も収録。 |
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